第2話 迷っているのではなく、止めているだけかもしれない

「決められないんです」
この言葉を、私は何度も聞いてきました。

けれど丁寧に話を聞くと、
その人は迷っているというより、
必ず同じ場所で止まっていることが多い。

話はそこまでは進む。
結論も、ほぼ見えている。
しかし、最後の一歩で止まる。

同じ選択肢を行き来する。
急に別のタスクを始める。
「今じゃない」という便利な言葉が出てくる。

少し進んだ気がする。仕事を変えられたり、収入が増えたりする
でもしばらくすると、また職場での人間関係が悪くなったり、経済状態が厳しくなっていたり

つまり、

同じところに戻る。

これは性格でも、優柔不断でもありません。
仕組みです。

決断とは、一つを選び、他を捨てる行為です。
脳はこれを「可能性の喪失」として処理します。

だから決断が現実味を帯びるほど、
脳は思考を横滑りさせる。

そして、人生は選択の連続です。その選択が人生の景色を変えていきます。でも、同じ思考の癖を持ち選択をしていれば、「なくなった、成長した!」とその時は見えなくなった問題たちともまた出会うことになります。

同じ仕組みで選んでいるから。

多くの人はここで、
「もっと考えなければ」と自分を追い込みます。
しかし、考えは十分足りている。
むしろ思考で頭の中の騒音が大きくなっていて
選びたい、進みたい方向を自分の感覚は本当は指し示しているのに
感じることができなくなってしまっている。

見落としているのは、
自分を止めている癖。自分が持つ特有の習性です。

受け入れるべきは、なにかに止められたではなく、自分で止まっているという事実です。
その止まっている瞬間を過去から洗いざらい記録し観察し
自分自身の、つまりあなた自身が無意識で適応しているルールを割り出します。

止まること自体を問題にしなければ、
判断は意外と自然に戻ります。
なんだか、最近は瞑想やマインドフルネスみたいなものが流行していますが、それ自体がよいというより 頭の雑音を止める行為として有効だからなんだろうな と思っています。

小さなワーク

最近、決めきれなかったことを一つ思い出してください。
そして「止まった瞬間」の直前を再生する。

頭に浮かんだ言葉は何でしたか。
「失敗したらどうしよう」
「まだ早い」
そこにあなたのクセがあるはずです。

正しいかどうかは関係ありません。むしろ正しいや間違っているで判定してしまう(ジャッジ)することで”自分”からどんどん遠ざかってしまいます。
自分には自分を「止める仕組みがある」と認識する所からそこから動き出す第一歩が、はじまります。

迷いは、敵ではありません。
自分に備わっている仕組みです。

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